濱田 晋輔

Shinsuke Hamada

医療法人 北祐会 理事長

『すべては患者さんのために』

医療法人 北祐会は、北海道初の神経内科専門病院として、また日本初の神経難病専門病院として昭和57年に北祐会神経内科病院を開設、以来36年間、一貫して「患者さんのための神経内科」を目指し、北海道の神経難病の治療、臨床研究に励んでおります。

 『すべては患者さんのために』という理念のもと、常に患者さんの視点にたち、経験豊かな神経難病専門の医師、看護師、リハビリスタッフ、医療相談員、管理栄養士、検査技師、他、多数のスタッフがチームを編成し、一丸となって神経難病医療に従事しております。

 私たちは、全ての神経筋疾患患者さんが満足し、安心して医療を受けられること、また、その環境づくりを目指しております。
 現状では開院の目的の一つである神経難病及び神経疾患の原因解明、治療法の確立は、未だ十分にはなされておりませんが、臨床を通してこの大きな課題に取り組むことも私たちの使命であります。

 研究主体の大きな目標に対しては、平成23年、一般財団法人「北海道神経難病研究センター」を設立、研究成果を患者さんに還元すべく日々邁進しております。

 2年前には、さらに患者さん及び御家族のニーズに添った、満足度の高い医療サービス提供を目指し、以前より要望の多かった札幌駅に『札幌パーキンソンMS神経内科クリニック』を開設しました。
 外来リハビリテーションも充実させ、診療時間はより受診しやすい時間帯を設定し、患者さんの病態に合わせ北祐会神経内科病院と密接に連携して包括的な医療の提供を目指します。

 これからも、創設の志を受け継ぎ、神経難病を中心に全ての神経筋疾患に真摯に向き合い、それに苦しむ方の力になるべく努力してまいります。支えてくださる皆様へ感謝致しますと共に、目標を同じくする仲間と力を合わせて頑張ってまいりたいと思います。

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森若 文雄

Fumio Moriwaka

医療法人 北祐会 北祐会神経内科病院 病院長

神経難病患者さんの診療・支援に全力を尽くす

 本院は昭和57年に神経難病専門病院として設立され、札幌市内のみならず道内各地区の神経難病患者さんの診療・支援に携わってまいりました。
 神経難病患者さんの診療・支援に全力を尽くして職務を全うし、また、地域医療の発展に貢献できるよう、努力致します。

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田代 邦雄

Kunio Tashiro

顧問・北海道大学名誉教授

神経疾患の理解、神経内科の普及への一助に

 北大神経内科は、米国に5年半留学され北大脳神経外科を創設された都留美都雄 初代教授の神経内科に対する深い御理解と脳神経外科教室および同門の諸先生のご支援の中で、昭和49年に仮称“神経内科診療班”として脳神経外科の中で産声をあげました。

 その後、濱田 毅 前院長が述べておられるごとく、苦労を重ねながら、続々と集まってきた神経内科を志す若者とともに実績を積み重ね、大学においては脳神経外科の諸先輩、阿部弘第2代教授のご尽力、また医学部教授会、病院事務部、北大本部関係各位のご支援で神経内科として正式に独立、病院診療科、医学部講座、大学院神経内科学分野と機構の進捗とともに発展をつづけ今日に至っています。

 現在、北海道の神経内科は、北大、札幌医大、旭川医大の3医育大学を中心に診療、教育、研究、さらに第一線の診療に従事されている神経内科専門医の方々が神経疾患の患者さんのために日々頑張っておられます。

 北大30年、その後北海道医療大学5年間と長年にわたる医育大学で培った経験を生かして、神経疾患に悩む患者さんのために微力を尽くすと共に、今まで蓄積してきた神経学の経験、資料をもとに神経疾患の理解、神経内科の普及にもお役にたてるよう努力していく所存であります。

 簡単ではありますがご挨拶に代えさせて戴きます。

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濱田 毅(故人)

Takeshi Hamada

医療法人 北祐会 北祐会神経内科病院 創立者・初代院長

私たちが目指してきたもの

 今は「神経内科」という言葉もその診療内容も一般の方たちにもかなりよく知られるようになりました。
 しかし、当院が開業した当初、北海道における神経内科の分野はまだ人々の意識の外にありました。
 私がこの北祐会神経内科病院を始めた昭和57年頃はまだ北海道の大学にも神経内科はなく、医療者にもその内容はよく知られていない状況でした。そんな時代のさらに前、昭和49年より私は後に北海道大学初代教授となられました田代邦雄先生のもとで神経内科の勉強を始めました。



 当時の北海道大学には神経内科の診療科も講座もなく田代先生と二人で脳神経外科の中で勝手に神経内科診療班と名乗って専門治療を始めました。神経内科は脳、脊髄、末梢神経、さらに筋肉の疾患を診るとても広範囲にわたる医療です。患者さんを診ていくうちにとても多くの神経難病の方が適格な診断もされず、必要な医療も受けられずに放置されていることに気付かされました。そんな患者さん達を大学病院からなんとか確保できたわずか9ベッドで対応するのには限界があると感じていた昭和56年のある日、外来にきたどうしても入院加療を急がなくてはならない患者さんを入院させることができず、その日の夜に患者さんが亡くなるということがあって、なんとか自分たちの力で専門病院を創りたいと決心したのです。



 もちろん、当時の私は若干36歳の一銭もない世間知らずでしたので、自分たちで専門病院を作る前に国立病院や道立病院で神経内科ができないか関係各所に打診しましたが、良い返事は頂けませんでした。いよいよ、自分たちで病院を作るしかなくなり、医局の仲間、金融機関、難病連、家族や親戚、医療機器業者、建設会社、そして一般の方々の応援によって、今思いますと奇跡のようですが、昭和57年11月に123床の北祐会神経内科病院をスタートさせることができました。




 開院に際しましては神経難病の専門病院としての使命を第一に考えましたので他科の先生も見てくださるであろうと脳血管障害は診ないこととしました。私たちの目的はあくまで神経難病の診断、治療、その原因の追究、さらに若い神経内科医の育成です。そのため北海道大学医学部に神経内科の診療科の開設、ついで講座の開設にも協力することとしました。この25年間、経営的にも大変でしたし、職員にも無理をかけたと思います。

 幸いにも現在まで初心はなんとか貫徹できましたし、ほぼ初期の目的は果たせましたが、肝心の難病の原因解明がいまだできていないのが残念でなりません。亡くなった後に病理解剖に協力していただいた方たちのことを思うと申し訳ないという思いと同時に私たちの行くべき途はいまだ半ばであり、残された問題は山積みなのだと痛感させられます。



 私たちはこれかもなんとか色々な方に助けられつつ、目的を同じくする仲間と共にがんばっていきたいと思います。

(この文章は2007年4月のものです)

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