『失調』

大辞林によると、失調とは「 調和がとれなくなること。調子が合わなくなること」と記載されています。調和を失うということなのでしょうか。栄養失調はよく聞きますね。摂取カロリーは十分でも、栄養素の調和(バランス)がとれなくなると病気を引き起こすことがあります。

神経内科では「運動失調」がよく出てきます。運動をなめらかに上手にできなくなる症状です。体には多くの筋肉があります。腕だけでも10個以上の筋肉があります。例えば、字を書く時には、これらの個々の筋肉のそれぞれの動き(運動)に調和(バランス)がとれないと腕が上手に動かず、きれいな字が書けません。運動失調では、個々の筋肉にはしっかりと力が入るのですが、それらの個々の筋肉の運動それぞれの調和(バランス)がとれずに、運動がなめらかに上手にできなくなります。
これに対して力が入らなくなる症状を「麻痺(運動麻痺)」と呼びます。
運動を滑らかに行うには、主に小脳、脊髄、前庭系が大事な役割を果たしています。これらが障害を受けると運動失調の症状が出ます。
小脳は、大脳の下、後頭部の下の方にある文字通り小さな脳です。大脳が開始する運動を調整・修正しています。最初は自転車に乗ることが大変ですが、練習を繰り返すと苦労せずにできるようになりますね。動作を反復することで小脳が調整・修正を重ね、少しづつ上手にできるようになってゆきます。反復練習には小脳の調整・修正を促すという効果もあります。そして、自転車という特別な運動だけではなく、先ほどの字を書く時のほか、日々のもっと何気ない動作にも小脳の調整・修正が働いています。手を伸ばす、立つ、歩くなど全てに働いています。そのため、小脳の調子が悪くなると、日々の何気ない動作がなめらかにできず、手を使ったり、歩いたりする時にガタガタふるえる・ユラユラ揺れるようになってしまいます。喋るのも動作です。そのため滑らかに喋ることができなくなり、口がもつれます。

神経内科では「脊髄小脳変性症」という病気のグループがあります。主には小脳の障害を中心とする、はっきりとした原因がまだわからない病気が多くあり、それらを総称して脊髄小脳変性症と呼んでいます。厚労省から難病に指定され、現在のところは進行を止めることができるような画期的な治療法は見つかっていません。症状を緩和する治療薬が少しあるのみです。
しかし、先ほどの「反復練習には小脳の調整・修正を促すという効果もある」という点は、脊髄小脳変性症にリハビリテーションが有効であることを示しています。障害を受けている小脳に、もう一度、運動の調整・修正を促して、現在の体の状態に合わせて運動を滑らかに出来るようにすることが期待されます。もちろん、大幅な改善は期待できません。しかし、少しでも動きがよくなれば、日常生活で自分の出来ることが広がります。

当院では、少しの改善・現状維持を目指してリハビリテーションに取り組んでいる患者さんが大勢いらっしゃいます。辛い症状の中、また精神的にも辛い中、頑張っている姿は医師という職業とは無関係に一人の人間として応援したい気持ちになります。そう、医師は応援くらいしかできないのです。リハビリ訓練は療法士の先生が担当しています。医師とはまた違った専門性で患者さんに貢献しています。きっと今日も患者さんと療法士の先生は頑張って訓練に取り組んでいることでしょう。