『幻覚』

 パーキンソン病では幻覚症状がでることがあります。実際には存在しないものが見える、聞こえる、感じる症状です。日本のお化けや妖怪の一部は幻覚かもしれないと言われています。お化けや妖怪の原典に近いものでは、姿は見えないが感じる、朧げに“ぼやーっと”黒っぽいものが見える、音だけ聞こえると言ったものが多いようです。漫画家の故水木しげる先生は読者が想像しやすいようにイメージを独創的に具体化したそうで、実際には前述のようなものであると記されています。例えば「ぬりかべ」は山道などで急に壁にぶつかったように前に進めなくなるだけで何も見えないというような言い伝えだそうです。
 ところで「パーキンソン病では幻覚症状がでる」と偉そうに述べましたが、患者さんの幻覚症状を実際に見たり感じたり出来た医者はいないはずです。私ももちろん患者さんから教えてもらうだけです。
 私が以前に担当させていただいておりました患者さんは幻覚症状を絵に描いて見せてくださいました。趣味で長らく絵画を描かれてきた方で、所属されていた会で展覧会も定期的に開いていらしたほどですので、その絵には説得力がありました。描いていると「見えているのか、ぼんやりしたものが自分の頭の中でイメージ化してしまうのかよくわからなくなる」と仰っていました。

 ご自分の幻覚の絵を皆さんに見て欲しい、公開したいと希望されていました。相談の結果、先ずは学会で医師に今後の診療の参考になるように見てもらおうということになったのですが、私がだらしがないため未だに学会に出すことが出来ていません。
 とても笑顔の素敵な優しい方で「先生は忙しいから焦らず」と笑って許してくださっていました。そのような方なので絵画関係などご友人も多かったようです。

 「過去形」なのは、その患者さんが不慮の事故で亡くなられてしまったためです。医師としては、判断を誤らせないよう、患者さん個々の事情に深入りせず思い入れなどを持たないように努めてはおりますが、やはり亡くなられてからは、いつもの時間に素敵な笑顔で柔らかな物腰の、その患者さんがいらっしゃらないのはとても寂しく感じました。ご冥福をお祈りしつつ、作品の一つを掲載させていただきます。電源が消えているテレビの画面の中に人がいるとのことでした。

医師 相馬広幸